現状認識

深い、と思うものも、つまるところ現状認識という点で透徹した眼差しを持っているに過ぎないというパターン。

それは問いに対する答えではなく、まず問題そのものの認識であり、それがどういう種類の問題なのかについて、の卓抜な表現だったりする。

そうそうそう、そうなんだよ、それが一番問題なんだよと相槌をうつものの、それは問題の存在の再確認だけで、問題の解決には一歩も近づいてはいないという。

哲学や思想の営みとは、畢竟、微に入り細に穿った現状認識であるのかもしれない。

(詩が現状認識の直観的表現だとすれば、哲学はその認識の精査である、というような。)